2013年 07月 14日
旧世界より
どうも。きむらです。
「進撃の巨人」のオープニング曲とエンディング曲、変わったんですね〜。

オープニング曲のアニメは、しょぱなに広々とした大地がドーンと出て来たせいだと思うのですが、何故か観ていて「戦国BASARA」の第2期のオープニングを思い出しました。
あれも第1期のオープニング(曲名はアレですが、きむらは好きでした♪)のインパクトが強かった分、どうしても前作と比べられる感じになっていたように思います。

そして、エンディングの方はクルミが転がるアニメーションから始まっていて「転がる」からの連想で、すぐに初音ミクの「ローリンガール」が頭に浮かびました。
(厳密には、ニコ動にあった「ローリンガール」の「進撃キャラバージョン」のトレスですが、イントロのパートとか、何かそれっぽくないっすか?(笑))

ええと、ここまでは一般的な感想でした。

次はちょっとアニメそのものではないのですが。
第14話のタイトル「まだ目を見れない」
そして、エンディングの歌詞を聴いて、
「あらら」と思いました。

「ら抜き言葉」って、ここまで浸透してたんですね。

きむらは自称、
「見た目はBBA、頭脳は幼児」
で、普段の言動もその通りなのですが、言葉、特に膠着語のパーツやおくりがなが、なし崩し的に変化していることに対しては年齢相応に反応してしまいます。

言葉で言えば「イケメン」のほうが、語源的にも軽薄ですし音的にもアホっぽく聞こえるのですが、そちらのほうはそれほど気にならないことを考えると、きむらはどうやら「ら抜き言葉」が定着することによって日本語の文法自体が変わってしまうことに危惧を感じているようです。

ぶっちゃけ、以前は敬語と並んで「ら抜き言葉」の有無は相手の育ちや経験を知るための指標だったのですが、これだけ一般化してしまうと、もう指標としては用を成さなくなっちゃいますからね〜。

駆逐する側がいつの間にか駆逐される側になっていたってことか。
ふっ(笑)
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by kaoru_oishi | 2013-07-14 21:58 | クールジャパン


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